パトロンとオペラ その1
有名なカリカチュアに1867年3月17日の「ミュンヘン・プンシュ」紙に掲載されたものがあるが、このカリカチュアにはワーグナーが内閣官房長の部屋をノックしている絵が描かれています。
これはパトロンが極端なまでに至った例です。
19世紀では一部の都市を除けばまだ、都市としての発達が未熟であり、また、人々がこうした娯楽にさく費用にも限度があり、ワーグナーとルートヴィヒ2世との関係に見られるように継続的な経営のためには宮廷なりのパトロンは必要でした。
しかし、王立や市立と名のつく劇場がすべてこうしたパトロンによって経営されていたということはない。
デュッセルドルフのインマーマンが経営し、一時メンデルスゾーンもそれに従事した劇場の場合でも「市立」と名のっているものの、これは市が劇団長である彼に賃貸契約を結んで劇場を貸与したというだけのことで、劇団や劇場経営を市が担当しているわけではありません。
また、クリストフ・ワイキューブによると、シュポーアも楽長をっとめたカッセルの宮廷劇場もむしろ経営にはそれほど積極的な財政援助は行なっておらず、慢性的な財政難に見舞われていたそうです。